理事長ご挨拶-石井英俊-


 

夢・大アジア 理事長 石井英俊

夢・大アジア 理事長
石井 英俊

 特定非営利活動法人 夢・大アジアは、平成二十三年八月二十七日に設立総会を開催し、同年十二月十四日に福岡県より認証、平成二十四年一月十七日に法人登記した特定非営利活動法人(NPO法人)です。

 福岡市内に事務所を構え、福岡を中心に活動を行っています。

 

 設立間もなく、役員の平均年齢も三十代と若い会ではありますが、エネルギッシュに積極的な事業展開を仕掛けていっているところです。

 

 

 私の原点

 夢・大アジア設立に至る私の思いをお話しさせていただくと、その原点は二十年前の学生時代に遡ります。

 終戦五十年を迎えた平成七年(一九九五年)、国会で大東亜戦争の謝罪決議が可決されました。その二年前には細川護熙首相(当時)による侵略戦争発言がありました。当時、浪人生だった私にはどうしてもその決議が。許せませんでした。私たちのこの国を守るために戦い亡くなっていかれたご英霊を一方的に断罪し、謂れのない無い罪まで着せることに納得がいかなかったのです。

 保守派の論客である名越二荒之助先生(故人)の著書の冒頭で戦争未亡人の次の歌が紹介されています。

 

かくばかり みにくき国と なりたれば

ささげし人の ただに惜しまる

 

 「こんな日本のために自分の主人は死んでいったのではない。何故、こんな日本になってしまったのか」という思いが込められた歌です。亡くなられた英霊の方々が思っていた日本という国はこんな国ではなかったはずです。この謝罪決議の当時は、戦前の日本は悪、戦後の日本は善という単純な論法がまかり通っていた時代で、国内では少年犯罪などが多発、国外からは世界に貢献しない日本と叩かれていた時代でした。「後に続くを信ず」「後世の為に」と亡くなっていかれた方々の思いとはかけ離れた日本の国になってしまっているのではないか。英霊の方々の想いに応える日本にしたい。それが私の原点です。

 

 

なぜ「夢・大アジア」と命名したのか

 

ペマ・ギャルポ先生と一緒に 夢・大アジア事務所にて

ペマ・ギャルポ先生と一緒に
夢・大アジア事務所にて

 今の日本には「夢」がない。国家にも、国民にも「夢」がない社会になってしまっている。私にはそう思われて仕方がありません。

   明治維新のわずか数年後、明治四年から六年にかけて岩倉遣欧使節団が欧米を歴訪します。当時は、経済力も軍事力もない、不平等条約まで押し付けられている名も無き小さな国・日本です。

   その名も無き日本の国の伊藤博文が、サンフランシスコで「ライジングサン」という演説をしました。「我が国の国旗の日の丸の赤い丸は太陽だ。この太陽は、これから欧米文明のど真ん中に駆け上がる昇る朝日の太陽だ。これが我が日本だ。」という演説です。お金も力もない当時の日本人でしたが、それだけの夢や大きな理想がありました。国家が大きな夢を持っていて、国民もそれを共有していた時代だったのです。

   明治の外交官・政治家の小村寿太郎は、まだ世に出る前からずっと勉強していました。当時の外交問題の中でも「朝鮮問題をなんとかしなければ」という思いがあり、ひたすら研究していたといいます。それが日露戦争で花開きます。当時の人達は日本が列強の中でどう立ち上がっていくか、独り立ちしていくかということが自らの立志と直結していました。国民の夢と国家の夢が同じ方向を向いて駆け上がった時代です。

  今の日本は国家も国民も将来への不安に汲々とするばかりです。この日本の将来への不安の根元は国家に理想がなくなったことだと思います。大きな夢が国に無くなったのです。この背景には戦後の教育問題があります。

  日本国憲法前文では「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、我が国の安全と生存を保持しようと決意した」とあります。他国を信頼して自分たちの国を成り立たせていくというものです。これは「自分たちがどうやって国を守っていこうかということを考えなくていい」とも聞こえます。そして、それが戦後の教育だと思います。

   個人と国家が切り離された教育思想になり、二世代、三世代と続いてきて、今の日本の現状があります。今、「絆」という言葉がもてはやされていますが、そこには国家がなく、個人と個人が線で繋がろうとしているところに現代の病理があると思います。「夢」とはそのバラバラになったものを繋ぐものだと思います。

 

大アジアへ夢を描いて

福岡県郷友連盟主催の台湾親善訪問団に参加。李登輝 総統閣下を表敬訪問。

福岡県郷友連盟主催の台湾親善訪問団に参加。
李登輝 総統閣下を表敬訪問。

 

 「大アジア」を標榜した理由は、現代の日本があまりにも内向きな思考になりすぎて、政治も個人の幸福や不安などに対するものばかりになり、個人のこと、国内のことに終始していると感じるからです。もちろん生活は大事ですがアジアの現状を見れば、チベットではこの数年で百人近い人が焼身自殺で必死に訴えています。独立どころか、人権も何もないという現状で、東トルキスタン(ウイグル)でも次々と蜂起が起きていますが、情報が出て来ないくらいに弾圧されています。南シナ海での問題もあります。

   このように日本という国がアジアの中でリーダーシップを発揮することが求められている問題が沢山あります。一昔前の日本であれば、アジアの独立運動を支援したように放っておかないであろう問題です。

 学生時代から活動を続けていますが、福岡に生まれ、福岡に育ち、福岡で活動しています。もちろん日本全体の歴史や国も思うのですが、福岡では玄洋社がアジア独立運動を一番支援して闘っていました。それは加藤司書公や月形洗蔵が乙丑の獄で明治維新を待たずして亡くなり、その後輩達が西南戦争で西郷隆盛と一緒に立ち上がり福岡の変で破れ、又その後輩達が玄洋社を立ち上げるといった、幕末から明治、昭和にかけて繋がれた思いがあったからです。しかし、その思いが今の福岡には受け継がれておらず、その歴史も空白になってしまっています。

 

乱を起こす

 戦後六十数年、我が国は「平和」のうちに過ごしてきました。一度も戦争をしなかったという意味において、まさしく「平和」そのものでした。

台湾親善訪問団 「夢・大アジア」メンバーのスナップ

田母神俊雄先生(元・航空幕僚長)と一緒に
  台湾親善訪問の折に

 しかしそれは、横田めぐみさん達を見殺しにした上での平和、尖閣諸島も、北方領土の海で無残に殺された漁師さんたちも見殺しにした上で守られてきた平和です。チベット、東トルキスタンも南シナ海の現状も、目を逸らし続けてきた結果の平和でした。これを「偽りの平和」と呼ばずして何と言いましょうか。

 私たちはこの「偽りの平和」を見過ごしには出来ないのです。「偽りの平和」に甘んじて、道義がそこに無いことを許すことが出来ないのです。私達は、あえて「乱」を起こします。言葉を柔らかく変えるならば、問題を提起していきます。

 今の日本はこれで良いのか。アジアはこれで良いのかと。

 

今後の活動

 

 私たちの活動は時局に応じて様々なことを行って参りますが、基本的には下記の三点に要約されます。

 

 

 1 日本人としての誇りを取り戻す運動を展開します。
 日本の国の歴史や古典、日本人の基底にある神道や仏教などを勉強する講演セミナーの開催。また、政治・経済の時局セミナーも開催します。
2 正しい国家観・歴史観を持った有為な人材を育てます。
人生観、国家観、世界観を確立した志のある若者を育てます。日本の国の歴史を背負う志を共に学び伝えていきます。
3 活動を通じて同志を集め、社会運動として展開します。
以上の活動を通じて同志を募り、ネットワークを作り、社会運動まで発展させます。

 

 私達は福岡の歴史を掘り起こすことによって、福岡の先輩達が夢見てきた日本、大アジアという理想を継承していきたいと思っています。それは決して見果てぬ「夢」ではなく、今からの日本に絶対不可欠な志、あるべき姿だと思うのです。

 「夢・大アジア」とは、先輩達から受け継いできたもので、それを現代においてどのように形にするかという、精神の継承運動なのです。

 そして、まず夢・大アジアを通じて何が出来るのかということを考えていけるような運動体・組織体にしていきたいと思っています。

 

 

平成24年夏

特定非営利活動法人 夢・大アジア

理事長  石井 英俊